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うどんとお酒とバイクとガラクタとーEn-niの blog

うどんの食べ歩きを中心に 日常を発信します

ふるさとの空の下で 矢掛そうめん

我が実家から、10数キロ北に向かうと「高梁市」があります。

男はつらいよ」シリーズの中で、唯一2度にわたってロケが敢行せられた備中高梁。(

「旅と鉄道増刊・寅さんの鉄道旅」より)

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その高梁を流れる、高梁川は総社、真備町を経て玉島・瀬戸内海へと流れでます。

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真備町川辺で高梁川に合流するのが、「小田川」で、その小田川を上って行くと故郷・矢掛があります。

 矢掛町の一部と、お隣の真備町の一部周辺(当時の下道郡)は奈良時代に有名な「吉備真備公」の故郷として、色々な遺跡や公園などがあります。

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 吉備真備公は、唐から囲碁を初めて伝えたと言われています。また、素麺も吉備真備公が日本に持ち帰り、その製法を矢掛で教えた、と矢掛では言われており、素麺を名産としています。

 Wikipediaなどによると、「素麺は国内では奈良県桜井市が発祥の地とされており、奈良時代に唐から伝来した唐菓子の一つ<索餅に由来する説が広まっている。」(Wikipediaによる)、とされていますが、僕はやはり吉備真備公が矢掛で製法を伝え、外来の素麺の発祥は矢掛と思いたいなぁ。

 

 吉備真備公たち遣唐使の交通路は、瀬戸内海を船で走って唐へ向かい、唐からの帰国の時も瀬戸内海を走り、都に向かったそうです。

 瀬戸内海には、多くの良港がありますが、当時の備中国の玉島もその良港の一つです。

 玉島から、高梁川を上り、小田川に入れば吉備真備公の故郷があります。都に向かう前に、懐かしい故郷に立寄、唐の美味しい食べ物を友人や親族に披露した、そして地元の人たちは素麺の作り方を引き継いで行った、そう思いたいのです。

 

 と、言うことでオバチャンたちのうどんと共に、矢掛のそうめん もおすすめです。

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岡山県小田郡矢掛町3078−3

 矢掛観光協会・喫茶本陣

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